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彼はまれに深夜の街に出没する。
ぴかぴかの黒い鞄を持ち、隅々まで磨かれた黒い皮靴を履いている。
深夜に似合わず、いつもネクタイをしっかり締め、アイロンのかかったスーツを着こなしている。
顔はしかめ面で、特徴的な円い眼鏡をかけている。
街の人が見かけたときには、いつもしかめ面で、何かを探すようなそぶりをしている。
その様子から、彼はエージェントだと思われていた。
どこかの後ろ暗い組織の、風俗店の客引きの女が言うには麻薬組織の、構成員で、売人と交渉をしているというのが、もっとも多い意見である。
誰が初めに呼んだのかはわからないが、いつのまにかスミスという仇名が、若い連中によってつけられていた。
彼のかたそうな鞄は、ダイナマイトが入っているとか、札束が入っているとか、偽札の原版が入っているとか、暇人たちのあらゆる想像をかきたてた。
彼は街に現れ、いつもの鞄を手に靴音をカツカツと鳴らして颯爽と歩いた。
相変わらず眉間に皺を寄せ、明かりの少なくなってあちこちでシャッターが下りてしまっている駅前の通りを見渡した。
電光掲示板が今日のニュースを告げている。
「8歳の女児が行方不明。16歳の若者が父親を撲殺。波にさらわれ、大学生が行方不明・・・・・・」
深夜にやっているのは、小さいコンビニエンスストアと、これまた小さいパブと、いかがわしいホテル、電車を逃したまだ青臭い酔っ払いどもが屯する騒がしいカラオケ屋だけだった。
彼はパブの入り口をくぐり、自慢の鞄を足元に置き、カウンターに座った。
コケティッシュな笑顔を振り撒いている若い女が舌足らずな言葉で注文をとる。
スミスは、ミネラルウォーターと小さな声でつぶやく。
女は明らかに落胆した様子で注文を確認し、足早にスミスの元を去っていった。
スミスは、誰かを探すように店の中を見回していた。
店の中には、特徴的な人物が集まっている。
街の老人会の会長候補であるマールと、小さな農場を経営しているハドソンが、隅で大きな馬鹿笑いをして周囲から白い目で見られている。
高校の先生をしている小太りのメンデルが正面の水商売風の女を無視して、酔っ払ったあまりいびきをかいてテーブルに突っ伏している。
駅前の銀行の警備をしているヤングが、仕事の途中の息抜きに警備員の制服のまま、黒ビールを恐ろしい勢いで飲み干している。
近所に住んでいる証券会社の社員であるジョーイもその同僚と、流行の株と三ヶ月後の相場の値動きについて、ろれつの回らない舌で、激論を戦わせている。
エトセトラ、エトセトラ・・・・・・。
ほとんどが常連でスミスと交渉しそうな人物はごく限られていた。
しかも、今日はマナーの悪い警察連中が大声で騒いでいた。彼らはスミスのことは聞いていたが、彼がやってきたことにはまったく気づいていなかった。
一通り店の様子を窺ってから、スミスは勢いよくミネラルウォーターを飲み干し、紙幣を一枚置いて、席を立った。
店員の女が気づいたときには、すでに彼の姿はなかった。
彼は人も閑散としてきた駅の前をぐるぐる行き来し、やがてカラオケ店に入った。
この国ではカラオケが流行していて、ここ数年のうちに恐ろしい数乱立した。
店長は彼が来たことに気づき、何度か店員を部屋の方に行かせた。
しかし、交渉相手が現れるというような変わったことはなく、スミスはひたすらにマイクを手にロック調の曲を熱唱しているだけだった。
スミスは朝が来ると、部屋から出てきて、カラオケ代を払った。
そのとき、絶望的な様子で自らの財布の中を覗いていたという。
店長はその様子にただならぬ事件性を感じたという。
そして、朝一番の電車に乗って、スミスは街を去っていった。
若者たちはこの話を聞いて、組織から逃亡しているだの、女に組織の金をつぎ込んだだの、なんだかんだと大騒ぎした。
だが、都会の会社に勤めるデレクは、若者の噂を聞いて一笑に付した。
「あいつは普通の会社員だぜ。
ちょうどあの日は前日に泊まりがけで仕事をこなしていたよ。
翌日に、また乗り過ごしたとかなんとか言ってたぜ。
鞄と靴にお金をかけすぎるせいで、あいつはいつも手持ちがないんだよ。
ホテルに泊まる金がなかったらしいぜ」
そう語るデレクはやや自慢げだったという。
ちなみにその間抜け会社員は、スミスとかいう名前ではなく、モゴラーニャというのだそうだ。
スミスことモゴラーニャはこう言った。
「一人のカラオケは初めてだったけど、悪くなかったよ」
そんなわけで、スミスはまたも若い連中に話題を提供してしまったのである。
今ではすっかりただの間抜けの話として、スミスのことは若者の話題に上るようになったのだった。
しかし、その鞄の中に入っているものは未だ誰も知らない。
紅く染まった小さな手が蠢いている・・・・・・
「ママ」
ぴかぴかの黒い鞄を持ち、隅々まで磨かれた黒い皮靴を履いている。
深夜に似合わず、いつもネクタイをしっかり締め、アイロンのかかったスーツを着こなしている。
顔はしかめ面で、特徴的な円い眼鏡をかけている。
街の人が見かけたときには、いつもしかめ面で、何かを探すようなそぶりをしている。
その様子から、彼はエージェントだと思われていた。
どこかの後ろ暗い組織の、風俗店の客引きの女が言うには麻薬組織の、構成員で、売人と交渉をしているというのが、もっとも多い意見である。
誰が初めに呼んだのかはわからないが、いつのまにかスミスという仇名が、若い連中によってつけられていた。
彼のかたそうな鞄は、ダイナマイトが入っているとか、札束が入っているとか、偽札の原版が入っているとか、暇人たちのあらゆる想像をかきたてた。
彼は街に現れ、いつもの鞄を手に靴音をカツカツと鳴らして颯爽と歩いた。
相変わらず眉間に皺を寄せ、明かりの少なくなってあちこちでシャッターが下りてしまっている駅前の通りを見渡した。
電光掲示板が今日のニュースを告げている。
「8歳の女児が行方不明。16歳の若者が父親を撲殺。波にさらわれ、大学生が行方不明・・・・・・」
深夜にやっているのは、小さいコンビニエンスストアと、これまた小さいパブと、いかがわしいホテル、電車を逃したまだ青臭い酔っ払いどもが屯する騒がしいカラオケ屋だけだった。
彼はパブの入り口をくぐり、自慢の鞄を足元に置き、カウンターに座った。
コケティッシュな笑顔を振り撒いている若い女が舌足らずな言葉で注文をとる。
スミスは、ミネラルウォーターと小さな声でつぶやく。
女は明らかに落胆した様子で注文を確認し、足早にスミスの元を去っていった。
スミスは、誰かを探すように店の中を見回していた。
店の中には、特徴的な人物が集まっている。
街の老人会の会長候補であるマールと、小さな農場を経営しているハドソンが、隅で大きな馬鹿笑いをして周囲から白い目で見られている。
高校の先生をしている小太りのメンデルが正面の水商売風の女を無視して、酔っ払ったあまりいびきをかいてテーブルに突っ伏している。
駅前の銀行の警備をしているヤングが、仕事の途中の息抜きに警備員の制服のまま、黒ビールを恐ろしい勢いで飲み干している。
近所に住んでいる証券会社の社員であるジョーイもその同僚と、流行の株と三ヶ月後の相場の値動きについて、ろれつの回らない舌で、激論を戦わせている。
エトセトラ、エトセトラ・・・・・・。
ほとんどが常連でスミスと交渉しそうな人物はごく限られていた。
しかも、今日はマナーの悪い警察連中が大声で騒いでいた。彼らはスミスのことは聞いていたが、彼がやってきたことにはまったく気づいていなかった。
一通り店の様子を窺ってから、スミスは勢いよくミネラルウォーターを飲み干し、紙幣を一枚置いて、席を立った。
店員の女が気づいたときには、すでに彼の姿はなかった。
彼は人も閑散としてきた駅の前をぐるぐる行き来し、やがてカラオケ店に入った。
この国ではカラオケが流行していて、ここ数年のうちに恐ろしい数乱立した。
店長は彼が来たことに気づき、何度か店員を部屋の方に行かせた。
しかし、交渉相手が現れるというような変わったことはなく、スミスはひたすらにマイクを手にロック調の曲を熱唱しているだけだった。
スミスは朝が来ると、部屋から出てきて、カラオケ代を払った。
そのとき、絶望的な様子で自らの財布の中を覗いていたという。
店長はその様子にただならぬ事件性を感じたという。
そして、朝一番の電車に乗って、スミスは街を去っていった。
若者たちはこの話を聞いて、組織から逃亡しているだの、女に組織の金をつぎ込んだだの、なんだかんだと大騒ぎした。
だが、都会の会社に勤めるデレクは、若者の噂を聞いて一笑に付した。
「あいつは普通の会社員だぜ。
ちょうどあの日は前日に泊まりがけで仕事をこなしていたよ。
翌日に、また乗り過ごしたとかなんとか言ってたぜ。
鞄と靴にお金をかけすぎるせいで、あいつはいつも手持ちがないんだよ。
ホテルに泊まる金がなかったらしいぜ」
そう語るデレクはやや自慢げだったという。
ちなみにその間抜け会社員は、スミスとかいう名前ではなく、モゴラーニャというのだそうだ。
スミスことモゴラーニャはこう言った。
「一人のカラオケは初めてだったけど、悪くなかったよ」
そんなわけで、スミスはまたも若い連中に話題を提供してしまったのである。
今ではすっかりただの間抜けの話として、スミスのことは若者の話題に上るようになったのだった。
しかし、その鞄の中に入っているものは未だ誰も知らない。
紅く染まった小さな手が蠢いている・・・・・・
「ママ」
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by reddragon_samael
| 2006-08-06 07:00
| 読切のたわ言
突然だが、自分的スウィーツ代表イレブンを紹介しようと思う。
FW 苺大福 雪苺娘
チョコパイ
MF 雪見大福 こんにゃくゼリー
ダースホワイトチョコ
DF レアチーズケーキ 杏仁豆腐 ベイクドチーズケーキ おはぎ
GK 抹茶ソフトクリーム
控え メロンパン 桃小町 ハーゲンダッツバニラ ハイソフト 白熊くん
CBのベイクドチーズケーキの鉄壁のディフェンスに、おはぎとレアチーズケーキの上がり、チョコパイのスルーパス、それに反応する苺ツートップ。
ああ、最高だ。
とりあえず、オチはありませんが、涎がでてきました。
何か?
FW 苺大福 雪苺娘
チョコパイ
MF 雪見大福 こんにゃくゼリー
ダースホワイトチョコ
DF レアチーズケーキ 杏仁豆腐 ベイクドチーズケーキ おはぎ
GK 抹茶ソフトクリーム
控え メロンパン 桃小町 ハーゲンダッツバニラ ハイソフト 白熊くん
CBのベイクドチーズケーキの鉄壁のディフェンスに、おはぎとレアチーズケーキの上がり、チョコパイのスルーパス、それに反応する苺ツートップ。
ああ、最高だ。
とりあえず、オチはありませんが、涎がでてきました。
何か?
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by reddragon_samael
| 2006-08-04 05:18
| ただのたわ言
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